B:金剛の童子 ヴァジュラクマーラ
サベネア島には、珍しい野生生物が数多く棲息しているが、ヴァジュララングラは、とりわけ奇妙な習性を持っている。
尻尾を使って果実を掴み、求愛行動に利用するんだ。その尻尾の先が、三叉に分かれていて、当地で信仰される神々が持つ金剛杵に似ていることから、その名がついたと伝えられている。
生物学的な見地から、この尻尾を研究したいそうでな。特に若くたくましい「ヴァジュラクマーラ」を倒し、戦利品を持ち帰ってほしいとのことだ。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
サベネア島は一年を通して温暖で湿度が高い。人間からすればその環境は「暑くて、べたつく」という印象になるのだが、そういう変化の少ない安定した気象条件は生物にとっては過ごしやすいのか、サベネア島には珍しい野生生物が数多く生息している。とりわけヴァジュララングラという大型の哺乳類は奇妙な習性を持っている。
見た目はアルマジロをそのまま巨大化させたような生物なのだが、小動物の愛らしさをそのままに巨大化させたような何とも違和感のある容姿をしている。先端が三つ又に分かれた長い尻尾を持っており。その形状がサベネア島で信仰されている神々が持つ金剛杵に似ていることから名づけられたそうだ。
この尾はオスが求愛する際に使用されるらしい。なんでも先端尾三つ又を手の指のように動かして巨大な果実を掴んでメスに送るんだと説明を受けた。奇妙というより、意外と可愛いじゃないなどと思っていた…のだが、どうやらその情報は間違っていたらしい。現地のガイドによるとそうではないらしい。
「贈り物?とんでもねぇです」
現地ガイドは呆れたような顔で頭を振った。
ガイドが言うにはヴァジュララングラという生物は基本的にメスの方が強いらしく、拒絶されたオスは撲殺されてしまう事もあるそうだ。そこでオスはメスの不意を突いて尻尾で掴んだ堅い果実を利用し、メスの頭部を殴打して気絶させ、そのうちに事を済ませてしまうらしい。
「それ、ごー…」
相方がすごく怖い顔で見ているのに気付いてあたしは言葉を飲み込んだ。
さらに現地ガイドは続けた。今回ターゲットになっているヴァジュラクマーラはヴァジュララングラの中でも珍しい強く逞しいオスで一族のボスであるらしい。ただ、強いがための悲劇もあって、殴打したメスを高確率で殺してしまうためヴァジュラクマーラの群れはその数がどんどん減り続けているのだという。あたしも相方も何をどう言っていいのか分からない複雑な気持ちになった。
ヴァジュラクマーラを探し始めて二日目の昼食をとり歩き出してすぐだった。ちょっとした木立の中を歩き、そこから出ようとしたとき現地ガイドが木立の外を指さした。そこには今まで見たものより一回り大きなヴァジュララングラの姿があった。頭を下げ、草でも食べているのか、ゆっくりゆっくり前進している。これでサイズが小さければ可愛いのに、思わずあたしは考えてしまった。
あたし達はヴァジュラクマーラのゆっくりした歩みに合わせて、慎重に距離を取りながらついて行った。不意にヴァジュラクマーラが顔を空に向け鼻をスンスン鳴らした。
「あっ」
誰ともなく声を上げた。風下にいたはずがいつの間にか風向きが変わってあたし達はヴァジュラクマーラ風上にいた。ヴァジュラクマーラがゆっくりとこちらに顔を向けた。ヴァジュラクマーラと目が合った気がしてあたしは少し身構えた。
「大丈夫。大人しい生物だから襲ってこない」
現地ガイドが言ったので、あたしも相方も少し安心した。
ヴァジュラクマーラはしばらくキョロキョロと見回すような動作をしながら移動した。
「こうやって距離を置いて眺める分には結構可愛い動物よね」
とあたし小声で相方に言った。相方もうんうんと頷く。
ヴァジュラクマーラスタスタとあたし達とは逆方向にある木立の方に歩み寄ると尻尾を茂みに突っ込んでガサガサと漁り、茂みの中から何やら人の頭より大きな果実を掴んで持ち上げた。ん?求愛行動?近くにメスがいるの?あたしは周りを見渡してから相方と現地ガイドを見たが二人とも首を横に振った。
不思議に思いながらヴァジュラクマーラの方に目線を戻すと砂埃をあげて突進してくるヴァジュラクマーラが見えた。
「ええええええええええっ‼」
咄嗟にあたしは野生の勘で横っ飛びに身をかわした。するとさっきまであたしが立っていた場所に轟音と共に尻尾が掴んでいる果実が叩きつけられ激しい砂埃がたった。
「ちょっ、ちょっ、待って!」
あんなのまともに食らったらぺちゃんこになっちゃう!
あたしは殆ど四つん這いの状態でわたわたとヴァジュラクマーラから距離を取る。
「あんた、求愛されてるよ!」
遠くで現地ガイドの訛りのある叫び声が聞こえる。
は?冗談ではない、人違い、いや生物違いも甚だしい。視界の端に再び果実を振り回して突っ込んでくるヴァジュラクマーラが見えた。
「ちょっと!ばかああああっ!相手が違うでしょおおおお!」
あたしはとるものもとらず、逃げ出した。